バッドトリップ・ツアー


俺は今、真っ暗闇の中を彷徨っている。
彷徨っているとはいっても、出口を探してもがき苦しんでいるのではない。闇に対する恐怖心は不思議と無く、また焦りも皆無である。
決して不快では無かった。それでいて、どこかに運ばれているような、なにかに手を引かれているような、不思議な感覚がある。
一体俺はどこに向かい、どこに連れていかれようとしているのだろうか…。

「ダーリン!ダーリン!」

唐突に甲高い声が飛び込んできた。ちょっとキツめの若い女性の声だ。
俺は光眩しい世界へ否応なしに引っ張り出された。

「…うーん、うるさいな。何だよいったい」
「わっ、やっと起きたっちゃ。何度呼びかけてもぜーんぜん反応がないから、死んでるのかと思ったっちゃ」
「死んどりゃせんわ!あー頭いて、どうなっとんじゃいったい。何だ朝か?それにここはどこだ?俺はどのくらい寝てたんだ?」
重苦しい頭をさすりながら焦点を目の前の女に合わせる。かなり個性的ではあるが可愛い眼をした女が俺を覗き込んでいる。覚醒直後でも本能と才能が即座に反応する。
「わぁ〜キミ可愛いねえ♪キミみたいなかーわいいコに起こしてもらうなんて今日は最高の日みたい♪よかったらこのままデートしようよ〜!」
「なに寝ぼけてるっちゃ。ナンパだっちゃ」
「へ?ナンパ?あ、そうそう、僕ってナンパの天才なの!キミって話の判るタイプみたいだねえ〜」
「違うっちゃ!だから、ナンパなんだっちゃ」
「んん?…ふっふっふっ、そう、確かに僕はナンパかもしれない。でも勘違いしないでくれたまえ。キミのような魅力的なコを目にしてしまっては他のコなんて、いや、タマには目がいくかもしれないけどそれは一時の迷い、だから例えそういうことがあっても水に流して…」
「もー!だからナ・ン・パ!船が難破したんだっちゃ!よーく周りを見るっちゃ!!」
「へ?周りを見ろって?何怒ってんの?周りがどうしたって…」
そこまで言いながら俺は立ち上がり、周囲を見渡した。澄み切った青空とどこまでも続く白い砂浜が広がっている。日差しから流れる風まで全てが爽やかだ。あー気持ちいい。
どう見ても旅行パンフなんかで見る南国の島そのものの情景だった。俺はどうやら今さっきまでこの砂浜で寝ていたらしい。
この女が言う「難破」を自分に結びつけるとなると、俺が船に乗っていたことになるが、そんな覚えは全く無い。
「うーむ。まさに南国の楽園といった感じだが…」
「呑気なこと言ってる場合じゃないっちゃよ。ウチもさっき目が覚めたばかりだけど、視界が届く範囲には人も建物もなーんにもないっちゃ。ウチら二人きりだっちゃ」
「ええっ!?と、言うことは…」
「無人島だっちゃ」

このコ、ラムという名前らしいが、ラムも船に乗っていたことは覚えているものの、どんな経緯で遭難したのかは思い出せないようだった。疑問が深まるばかりではあったが、1時間ほどの捜索によりお互いの鞄が砂浜に打ち上げられているのが見つかり、ある程度の食料及び日用品を得ることができたのだった。
「うーんと、船に乗っている、いや乗っていたってことは、旅行?キミそんなにかわいいのに一人旅だったの?」
「一人なわけないちゃ。みんな一緒の卒業旅行、ひょっとして覚えてないのけ?」
卒業旅行…?そう言われて記憶を辿ると、クルーズを楽しんでいたような覚えが無いこともない。しかしそれは遠い過去の記憶かもしれないし船ではないかもしれない。そのくらい不確かな記憶だった。仮にそれが真新しい事実だったとしても、旅行することになった経緯や同伴者なんかは全然頭に浮かんでこない。遭難による一時的な記憶喪失だろうか。ちょっとした不安感がモヤモヤと沸き起こる。
「いや、正直なところ何も判らないに等しいのだが…」
「ヒドイ!」
強く言い放つと同時にラムという娘は後ろを向いてしまった。背中が震えている。
まさか泣いているのか。
「ちょ、ちょっと待った、ウソウソ!僕がキミのことを覚えていないわけないじゃないか〜」
「…それはホントけ?」
「あ〜あ〜本当だとも!」
「じゃあ付き合っていたことも覚えてる?」
なに?付き合っているだと?反射的に話しを合わせてしまったが、意外なことになってきた。今さっき初めて会ったのではなかったのか。
「も、もちろん」
「そのことは皆には隠していたことも?」
付き合っていたが、そのことは極秘だったのか。なんでじゃ。
「あ、ああ、そうだったよな」
ラムはくるっと向き直り、“エヘヘ”という表現がぴったりな笑顔をする。何かたくらんでいるっぽいところが怪しいが、顔としては文句なしに可愛い。好みだ。

その後、再び俺はラムと周囲を探索し、流木と馬鹿でかい葉で雨風をしのぐのに丁度良い大きさの天然テントを作り、互いの荷物をその中に入れ、少しだけ海で遊んだ。
夕方になり、見事な夕焼けに見とれながら、手掴みで獲れる魚を焼いて食べ終わる頃には、俺たちは婚約を済ませた二人のようにすっかり打ち解けていた。

「お気楽なうちらには遭難も悪くないっちゃね」
「あーほんとだな。まー何とかなるだろ」
無人島といっても衣食住何も困らないのでは自由の楽園である。一生というのならともかく、しばらくこの生活を満喫していたいのが正直なところだ。
「でも、皆は大丈夫かな」
「む、ま、まあ、あいつらのことだから大丈夫だろ」
一向に記憶がすっきりしない俺には誤魔化す台詞を続けるしかない。自然の楽園生活は楽しいものになりそうだが、ぼんやりした頭のままラムと一緒にいるのは何だか勿体無い気がする。
ああ、スッキリしたい。身も心も…。こんな気持ちがどんどん沸き起こるのはなぜだろう。
「…あーあ、先生とウチが一緒に遭難してることを知ったら、やっぱり付き合ってるってばれちゃうのかなあ」
「な、なに、せ、先生?先生だと?」
ラムの唐突な一言に俺は思わず卒倒しそうになった。この言い方から察すると、俺が先生ということになる。そんなアホな。しかし、これ以上の動揺は俺の記憶喪失がバレてしまうことを意味する。
俺に好意を抱いているらしいラムをこのまま近くに置いて楽しい南国の夜を過ごすためにも、またより真相を引き出すためにもここは繋がなくては。
「い、いやーお前たちは本当に手の焼ける奴らで大変だったよ。しかし担任である俺も一緒に卒業旅行とは、教師冥利に尽きるなあ〜。」
焦りながらも完璧な繋ぎに自画自賛し、次の言葉を選ぶ。
「しかしまあ、学校中で結構ウワサにもなってたんじゃないか?」
「やっぱりそうだったのけ?それはウチがダーリンのことが好きだって言いふらしてたからだっちゃ」
「は?さっき確か、あ、いやいや、えーっと、俺達のことは内緒にしてたのに、そんな風に言いふらしたりしたら逆効果なんじゃないのか?」
「ダーリンは甘いっちゃ。いくら内緒とはいっても、クラスの女子達の目は誤魔化せないっちゃ。だからあえて『ウチは諸星先生のことが好き』って言っておけば、多少、あくまでも多少だっちゃよ?ウチらが仲良くしていたとしても『あーラムは先生のことが好きだから』で通用するんだっちゃ」
「…ほーなるほど。なかなか考えてるな」
やはり禁断の恋。色々と苦労があったようだ。しかしこんな可愛い女とイチャイチャした記憶が全くないのが実に惜しい。それに先生ってのがどうにも引っかかる。いくら記憶喪失でも先生かそうでないかくらいは判りそうなものだが。
「そんな話なんかより、ホラ、上見て、凄く綺麗な星空だっちゃよ」
促されるまま見上げると、凄まじい小宇宙が圧倒的に迫りくる様に、押し倒されたような感覚になった。おお、と無意識に声が漏れる。
どのくらい見とれていただろうか。まだ見上げているであろう隣を見やると、そこには学生服に身を包んだラムがいた。満天の小宇宙に負けないほどインパクトのある光景に思わず後ずさる。
「お、おい、その格好…」
「ダーリン、好きだっちゃ」
ラムは両手をついて前に乗り出した姿勢で甘い眼差しを向ける。首下から覗く先には豊満な膨らみが惜しいところまで見える。
「ダーリンはこうやってするのが好きだからサービスだっちゃ♪」
南国の無人島。眩い星空の下、先生と生徒…。かなりマニアなシチュエーションを実現できる状況に俺はいた。ラムは見れば見るほど可愛らしく、そして妖艶な色気も漂わせる女だった。もう何も考えずに飛び込んでしまいたい…。俺は生唾を飲み込んだ。
しかし、踏み切るにあたってどうにも気になるのは、目覚める前の記憶がスッキリしないのと、自分が先生、という部分である。今は成り切っておけば良いのかも知れないが、先生には良いイメージ、良い印象が全く無いのだ。
「ねぇ、ダ〜リン。早く♪」
「うっ…」
やはり欲望には勝てない。後のことは後で考えよう。それが俺の主義だ。
満天の星空の下、学生服姿の女と記憶喪失男のシルエットが美しく重なっていった…。


はやる気持ちをどうにか制御しつつここまで引き伸ばしてきたが、もう限界だった。これ以上は理性が持たない。ラムの方も準備は十分のはずだ。
「ラム、いくぞ」
「うん」
俺はラムの脚に手を掛け、持ち上げるようにして体全体を引き寄せた。
いよいよだ。
「来て、先生…」

『ずーん』という効果音が聞こえたような気がした。俺は急速に萎えるのを感じていた。
今、急に先生に対する嫌なイメージの理由が判った。先生といったら、温泉マークではないか。
俺は繋がる直前だった体をよろよろと後退させて、頭を抱え込んだ。ひどい頭痛がする。
「どうしたっちゃ?先生?」
「えーいやめろ!そんな呼び方をするな!」
冗談ではない。俺は先生なんかではない。俺は諸星あたるだ!先生なんて呼ぶな!
知らないうちに、辺りは暴風雨になっていた。南国特有のスコールなのか?
ラムの姿は消え。仲睦まじく作った天然テントは風に飛ばされ、それぞれの鞄も突風に煽られて転がってきた。
足元のラムの鞄から手鏡がこぼれる。そこに写る俺の顔…。
温泉マーク。
おいおい何言ってるんだよ。俺があの教師か?自分と温泉が全くの別人であることくらい俺にも判る。証拠だってある!証拠だと?境目はどこだ?自分の境界線はどこまでだ?皮膚の薄皮一枚がその国境か?皮膚の内側が諸星あたるその人なのか?ではその内世界はなんなんだ?このリアルに記憶している温泉の顔や怒鳴り声は…?
あの温泉マークのような…、いや、俺が温泉なのか…?
激しさを増した嵐は俺の周囲のもの全てを絡め取り、間も無く俺自身をも吸い込んでいった。


「うわァーーー!!俺は先生じゃない!誰か助けてくれー!!ラムー!」
最悪の目覚めだった。じっとりと汗をかき、息も絶え絶えにしながら辺りを見回す。
これまでいた場所とは全く違う、しっかりとした安心感を得る空間だった。今までの出来事は悪夢、だったのか?
「もうおしまいだっちゃ。戻ってしまったっちゃ」
地球のものとは随分違うが、ホテルのロビーみたいな大広間に自分は横たわっていた。
幾分落ち着いてきた俺は冷や汗を拭い、目の前でがっかりした表情を浮かべるラムを見据える。
「おい!戻ったとはどういう意味だ?」
「えーと、それはまあ、そのままの意味だっちゃ♪」
「なんだと〜!オマエまた何かやったんではあるまいな?そうだな?言え!全部言え!包み隠さず説明しろ!」
「そんなに怒らなくてもいいちゃ。…えーっと、このパンフレットには『新婚カップルにぴったりなオプショナルツアー、一生の記念と記憶に残る一夜をぜひ!ただし、設定時間をオーバーした場合ならびに役に成り切れなかった場合は強制送還となります。なお星系によってはバットトリップの症状をきたす場合があるのでご注意下さい』となってるっちゃ」
「バ、バットトリップ?」
「ウチもよく知らないけど、幻覚とか見たりして感覚や精神が壊れる場合もある恐ろしい症状だっちゃ」
幻覚、なるほど。説明文を聞いて一気に頭のモヤモヤが晴れ、記憶が戻ってきた。
そうか…、そうだ、そうだった。二人で旅行に来て、そう、酔った勢いで…。

「いやーいい気分じゃ♪地球人用の酒まで用意してあるとは、なかなか行き届いたところだな〜♪しかしラム、せっかく鬼星まで来たってのに、地球の新婚旅行と大して変わらんな。なにかこう鬼星ならでは!ってのはないのか?」
「えーっと、これなんかどうだっちゃ?『ラブラブ新婚様にぴったり!鬼星名物トリップツアー!』って書いてあるけど、何だか面白そうだっちゃ」
「ほうほう、よー判らんが行ってみよ〜♪」
「でもこれ、『初夜用』」って書いてあるっちゃ」
「初夜用か、まあ、新婚旅行では初夜に違いないな。まーシャレシャレ♪深く考えずに行こう」
「キャハハ♪行こう行こう♪」
そうだ、酔いで調子に乗ったのと最初の設定が良く判らなくて…。
「…ねえダーリン、ウチがせっかくいい感じに設定したのに、そんなに適当にオプションを追加したら変になるっちゃよ?」
「ん〜、いや、そういうつもりでも無いんだが…、あ、俺の職業が先生になっとる。これはパスだな、あれっ?これどうやって元に戻すんだ?」
「あー!ダーリン!もう設定時間切れだっちゃ!」
「にゃにい!!わーキャンセルキャンセル!うわあーーーーーー!!!!」


旅先では誰しも平常心を失う。しかしこれは…。
「え、えーい!新婚初夜を盛り上げるオプショナルツアーだとお?オマエはまたそんなものを勝手に!」
「何言ってるっちゃ。勝手にじゃないっちゃ。ダーリンも十分に乗り気だったっちゃ!」
「う、嘘を言うな!俺がそんなアホな演出を喜ぶとでも思っているのか!新婚旅行の初夜なんだぞ?もうちっとノーマルなやつを選べんのか!」
「ウチはちゃんと、初めて会った男女が南国の無人島で二人っきりっていう、すごーくロマンチックなやつを選んだっちゃ!それなのにダーリンが!」
「うるさいうるさーい!だいたいからして結局やれてないじゃ…」
周囲の微妙な空気と冷たい視線を感じてハタと口ごもる。
「あのーお客様、例え目的を達せられなかった場合でも代金は返却できないことになっておるので…」と店員。
「はっ?あっ!ああ、あーいえいえ、実に貴重な体験を、ハハハ」
「そうなのけ?うちはよく覚えてないけど…」
「いや、いいんだラム。思い出さんでよろしい。さ、部屋に戻ろうか…」
俺はラムと顔を見合わせた後、そそくさとその場を退散するのだった。

だからオマエの星に新婚旅行に行くのは嫌だったんじゃ。俺のデリケートな神経に合わん!

(おわり)


あたる同盟がるみけっと参加(2007年4月)に向けて久々に創作活動に励むと
当サイト日記で知ったとーますさんが、それならばと久々に腕をふるって下さいました!
実際は方丈のポスターのみという地味な結果で、ご期待に添えず本当に申し訳ありません!!
でも思いがけず新作を拝読できることになり嬉しい限りです!
そしてそして、思いがけない再会、プロポーズなど、着々と結婚へのプロセスを
歩み続けてきたとーますさんワールドのあたラム、ついに新婚旅行(つか初夜)!
お待ちしておりましたよ、このテーマを!(笑)
およそハネムーンのイメージとかけ離れた、二人らしいコミカルなエピソード。
オンナ絡みであれば何かと必死なあたる、天然の魅力をふりまくラム。
高校生の頃とノリが変わらないなー、という懐かしい気持ちに、
るみけっとなどで久々にお会いした方々が、良い意味で昔と変わらなかった、という、
現実の世界で感じた嬉しい気持ちが相まって、とても感慨深い一作でした!
無粋ではございますが、この後の展開もとっても気になりますことよ(何故セレブ風)。
今回は当方の勝手な思い付きで、トップ絵とのコラボレーションという
新たな見せ方も実現。またとーますさんに創作の楽しさを再認識させて貰いました。多謝!
〈方丈 京〉

とーますさんが、るみけっと8参加を祝して新作をアップしてくださいました〜!
だがしかし、結局何の手みやげもないままの参加となったLUM…。
ほんと、ご厚意に甘えただけになってしまって申し訳ありません〜!
とはいえ、思いがけなく戴いてしまったとーますさんの新作、
我々だけでなく、アップを心待ちにしていたお客さまもきっと心躍っていらっしゃいますよ!
状況は見えないままなのに、何だかトボけた二人の会話、
でも、核心に迫るにつれて急激にドキドキ度がアップしていく感じ、
この話運びの巧みさは、とーますさんならではという気がします!
今回登場しているのは、あたるとラムの二人だけと言ってもいいですよね。
限られた登場人物だけを使って話を作るのってすごく難しくて、
ここらへんに、とーますさんの創作へのこだわりを見た気がしました。
特に、二人の何気ないヤリトリや、楽しそうに過ごす姿を描くのが巧すぎる〜!
お気に入りポイントをあげるとキリがないのでやめますが、(笑)
毎度、違和感なく入り込めるとーますさんワールドの魅力のワケ、ここらへんにもある気がします。
さて、初のコラボとなったトップ絵ですが、一応あたるはあたるの姿のままに
させていただきました!やっぱ温泉の姿ままじゃ絵的に…、ねえ!お客さん!(笑)
方丈のアダルトあたるを拝めることにもなり、二重に得した気分〜♪
とーますさん、いつもお世話になってすみません!これからも頼りにしていますよ〜!
〈LUM〉


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